日本のM首相が米国のC大統領にあったとき、HOW ARE YOU? と言うべきところを、WHO ARE YOU?と言ってしまったそうだ。
そして、C大統領は、ジョークだと思って、I‘M A HASBAND OF H.と言ったら、M首相が、ME、TOO.と言ったものだから・・・
ということで、WHO ARE YOU?とは、あなたは誰?ということだが、クリスチャンにとって、この質問にどのように答えるべきだろうか?
多くの人が実は、この最も基本的な質問に答えられない。つまり、自分が確立していないのだ。
私は、「OOO会社の社員です。」「OOO学校を卒業」というのは、全然答えになっていない。つまり、自分の帰属している組織がそのまま、自己の表明であるからだ。
私たちが持つべき自己は、そのように、組織の名称ではない。およそ、そのような人は、定年になってから、そして、リストラされたらとたんに、自己の姿を見失ってしまうのだ。
人間の組織や、その中の役職を、自己の姿としてはならない。私たちは、人間的な方法で自分を規定してはならないのだ。
一方、神にある自分は磐石である。そして、国境を越え、人種を超え、あらゆる束縛を超えて、自分を確立するのである。
私は、主イエスキリストを通して、神の王国の一員であり、その中の働き人である。そして、独りの人格であり、夫や父、妻や母、そして、子供であり、一人の人間であるのだ。
神に在る自己。自己の中に住まわれるキリスト。
これがWHO I AMである。


