フランスのある会社で自殺が急増しているという報道がある。その原因の一つが、24時間会社のメールに束縛されているということもあるらしい。
つまり、自分の携帯に会社のメールが転送される設定にすると、通勤途中も、自宅にいても業務連絡が途切れることがない。これは大企業の社員に多い事例なのだ。
実際、私もある人材研修企画会社の営業を担当していた時、その状態だった。ある時は、家で風邪で高熱を出して寝込んでいる時も、枕もとの携帯には、メールが届いていたものだ。
今考えると愚かなことであるのだが、私は責任感と営業のチャンスを逃したくないという気持であった。
これは、メール+携帯という技術革新が、自宅にいても仕事を可能にしているのだが、これではストレスが増えるわけだ。しかし、これで2年間に20人以上も自殺するという、フランスの大会社の悲劇も生みだす。
今の私の携帯は仕事のメールを受け取らない設定にしてある。今の私は、携帯にさほど大きな意味を感じていない。昔は、携帯がなくても、人と待ち合わせしたし、それで社会は動いていたのだ。まして、電子メールという、ぶしつけな通信手段もなかった。
メールの文面は、脚色しないと本当に人を傷つけやすいものだ。なぜなら、そこには「筆跡」という、温かみがないからである。そのうち、技術革新で、その人固有の筆跡で、メールが送れるなら、温かみという問題は、だいぶ解消すると思えると思える。どなたかそんなシステムを開発してください。
ポイントは、仕事が終わったら、さっさと自分の時間に切り替えることだ。仕事の故に、家族とのコミュニケーションを失うなら、それは、将来大きなしっぺ返しを受けることになる。家庭の小さな幸福は、会社のでの出世に勝る価値があるのだ。いや、むしろ健全な家庭を持つことこそ、本当の出世物語である。
今の社会に欠けているのは、コミュニケーションの温かさであろう。じっさいこれを、インターネットやメールで表現するのは難しい。やはり、会って、語り合うという伝達手段に私たちは立ち返るべきなのだろう。


