連休中の北関東はおだやかな天候であった。すこし秋めいた、というか完全に秋の風が吹いてきている。この世界を見渡すと、いまだに紛争が絶えることがなく、あらゆる危機が連続している。先のパキスタン軍の出来事などを見ると、核兵器の管理に大きな危惧を持つのは私だけではあるまい。
核兵器が開発されてもう半世紀以上も経つ。日本は唯一の被爆国としての「体験を語れる」国である。つまり、日本は究極の戦争の恐ろしさを体験した国家であり、それは戦後生まれの私のDNAにも刻み付けられていると感じている。
アメリカのオバマ大統領が「核兵器の削減」などを謳っているようだが、現実は、もう取り返しの付かないところまで世界は来てしまっている。ノーベル平和賞が、いくらあってもこの世界は平和にはならない。だいたい、平和でないからこんな賞が存在しているのである。それは、個人の平和も同じである。
つまり、世界は、そして私たちは、平和の希求という点では、もうすでに限界点を突破してしまっているのだ。だから、本物の平和は、小手先の、人間的なものでは決してやってこない。もちろん、あらゆる宗教を極めても、人格を極めてもそれは無理なのだ。
口では平和を教える人格者も、本当に平和を生きているのかは疑問である。それは、自分の心理を見てみればよく分かることである。だれもが、どこかしら偽善的な生き方をしているのだから!(例外なし!)
ゆえに、私たちは、平和を人間社会というシステムに求めるのではなく、神ご自身に求めるのだ。
だから、まず、神を定義しなければならない。それは、巷にあふれている霊能者のことでもなければ、人類の英知である科学でもなければ、さまざまな宗教的修行によるものでもない。また、光とか、エネルギーといった抽象概念でもないし、夢や幻などの心理的現象でもない。
では何なのだ??
これを、求め始めることが、真の神にいたる道である。
今日は、ここで筆を止めることにしよう。
2009年の秋、危機が深まる世界で、あなたは、本当の神を知っているでしょうか?また、知られているでしょうか?本当の平和を持ち、愛を知り、自分の失敗を受け入れ、周りの人を赦すことができているでしょうか??


