人は支配されても、支配してもならない。
個人の自由意志とは、誰であっても踏みにじってはいけないのだ。
ところが、企業であれ、宗教団体であれ、とにかく業績や教勢を伸ばそうとするときに、支配する構造が生まれる。そしてそれは常に恐怖を伴うものとなる。
逆に、本当に理想的な集団とは、「喜び」と「爽やかさ」が共存する空間を共有するものである。
夫婦、家族という最小単位の集団から始まり、国家、世界と進捗する集団形成に、日々の喜びと、生きる爽やかさが必要なのだ。それを失ったとき、そこにはあらゆる歪がもたらす苦悩が生まれる。
私がいつも自分に問うのは、神にあって爽やかに生きているか、そして、毎日を喜びの中で生きているかである。もちろん現実にはさまざまなチャレンジが存在する。しかし、それを超えて、私たちは喜びながら生きることが出来るのである。
これこそが、信仰生活の恵みといえるのだ。


