あまりに今日は暑いので、ベランダに椅子を持ち出して涼んでいます。幸い無線lanがあるので、ベランダでも10Mぐらいのスピードが出ています。
今年の夏は今までと違って、なるべく自然と触れ合いたいと思っています。具体的には朝早起きして散歩するとかです。やはり、家に篭っているのが一番よくない。
とにかく、外に出ること。汗をかくこと。
これが欝などにならないための秘訣です。
家内いわく、暑かったら外で寝ればよいとのこと。なるほど、中国では、暑いときは外にベッドを作るのだとか。そういえば、インドもそうでした。石の家は、夜は暑くて寝られないのです。
ことしは、べランダに野外ベッドで寝るのも良いでしょう。蚊対策はどうするのか?
やはり蚊帳ですかね。
ということで、日本の夏も近づいています。
Saturday, June 27, 2009
今日は真夏日
まだ、7月にならないが、今日は真夏日。さすがにクーラーが必要となった。
解散が取りざたされているが、もう任期満了も近いのに、解散ばかりを迫るマスコミもある種異常である。これも、一種の「ネタ」と言えなくも無い。なぜ、解散が必要なのかではなく、いつなのか?と考えさせられるのは、余計なお世話という感じである。
日本のように、総理が煩雑に変わる国は無いが、まあ独裁が生じないシステムはそれはそれで良いのであろう。日本の国民も、政治は芸能とさほど変わらぬエンターテイメントになったしまっており、結局人気のある好感度の高い人物に投票してしまう。宮崎県知事などは、その典型であって、彼があれまで強気でいられるのも、自身の好感度が高いからである。
このままであると、政治は顔や人気で選ぶものになってしまうのだろう。
日本の戦後、1945年からの64年間のひずみと決算がそろそろ出さなければならない時期なのだろう。私たちは、そのために、冷静な判断力が求められる。
現在、ブログのような草の根ジャーナリズムも盛んになってきたので、政治家もこれまでと同じマスコミ対策だけでは生き残れなくなっている。
私の妻の親戚とも、インターネットのテレビ電話などで、ライブで顔を見ながら会話が出来る。彼らも、多少の制限はあるが、インターネットで世界の動向をつかむことが出来ている。何より、平時であれば、インターネットの国際電話で無料で、映像付きで、最新情報を交換できるのだ。
これは、何十年前の「竹のカーテン」があった中国では考えられなかった自由である。家内の田舎とは、上海のような都会ではない。しかし、そこでもこのような情報公開が可能となっている。
もちろん、インターネットのインフラは、遮断されたり、戦争で壊されたら復旧まで多くの時間がかかるだろう。だから、今のような平時のみの話ではあるのだが、一旦外の世界を知るなら、これまでのような情報統制だけで、人々を支配できなくなるだろう。
さて、これから人を選ぶとき、人気や好感度だけで選ばないようにと自戒したい。マスコミによって刷り込まれたデータで答えを出す、ロボットのような大衆に巻き込まれない気概が私たちには必要である。
解散が取りざたされているが、もう任期満了も近いのに、解散ばかりを迫るマスコミもある種異常である。これも、一種の「ネタ」と言えなくも無い。なぜ、解散が必要なのかではなく、いつなのか?と考えさせられるのは、余計なお世話という感じである。
日本のように、総理が煩雑に変わる国は無いが、まあ独裁が生じないシステムはそれはそれで良いのであろう。日本の国民も、政治は芸能とさほど変わらぬエンターテイメントになったしまっており、結局人気のある好感度の高い人物に投票してしまう。宮崎県知事などは、その典型であって、彼があれまで強気でいられるのも、自身の好感度が高いからである。
このままであると、政治は顔や人気で選ぶものになってしまうのだろう。
日本の戦後、1945年からの64年間のひずみと決算がそろそろ出さなければならない時期なのだろう。私たちは、そのために、冷静な判断力が求められる。
現在、ブログのような草の根ジャーナリズムも盛んになってきたので、政治家もこれまでと同じマスコミ対策だけでは生き残れなくなっている。
私の妻の親戚とも、インターネットのテレビ電話などで、ライブで顔を見ながら会話が出来る。彼らも、多少の制限はあるが、インターネットで世界の動向をつかむことが出来ている。何より、平時であれば、インターネットの国際電話で無料で、映像付きで、最新情報を交換できるのだ。
これは、何十年前の「竹のカーテン」があった中国では考えられなかった自由である。家内の田舎とは、上海のような都会ではない。しかし、そこでもこのような情報公開が可能となっている。
もちろん、インターネットのインフラは、遮断されたり、戦争で壊されたら復旧まで多くの時間がかかるだろう。だから、今のような平時のみの話ではあるのだが、一旦外の世界を知るなら、これまでのような情報統制だけで、人々を支配できなくなるだろう。
さて、これから人を選ぶとき、人気や好感度だけで選ばないようにと自戒したい。マスコミによって刷り込まれたデータで答えを出す、ロボットのような大衆に巻き込まれない気概が私たちには必要である。
2009年7月以降
今年の後半に間もなく入るわけであるが、私が感じているのは、今年の後半には、政治、経済、天変地異という部分での大きな動きが日本にもあるということだ。
(1)衆議院、解散総選挙はもちろんのこと、政治ニュースが毎日芸能ニュースのように報道されるだろう。
(2)その結果、大衆は、陽動作戦的情報操作によって、一定の方向に誘導されるだろう。
(3)http://www.e-pisco.jp/r_ion/attention/090625.htmlにあるように、天変地異への備えが必要だ。
備えあれば憂いなし。
主イエスにあって、神に対する信仰を持ち、すべてを備えよう。
(1)衆議院、解散総選挙はもちろんのこと、政治ニュースが毎日芸能ニュースのように報道されるだろう。
(2)その結果、大衆は、陽動作戦的情報操作によって、一定の方向に誘導されるだろう。
(3)http://www.e-pisco.jp/r_ion/attention/090625.htmlにあるように、天変地異への備えが必要だ。
備えあれば憂いなし。
主イエスにあって、神に対する信仰を持ち、すべてを備えよう。
本当の将来展望
日本の政治がドタバタしておりますが、日本がこれから通るであろう試練を思うと、自民党にしても民主党にしても、目先のことしか考えていないように見えますから、大変不安です。
一方、世界的陰謀でこの世が動かされていると考えることも、分析的にはできますが、最も大きな力は、今も神が握っています。だから、私は、陰謀論の数々には、うなづくものの、それが最終的権威を持つとは考えていません。確かに、様々な悪がこの世界にあるのは事実です。しかし、どんな悪も、全能の唯一の神の前には、ひれ伏すのです。
そこで、日本を考えてみましょう。
日本は、たまたま、海という天然の外堀に囲まれた、名城なのです。ゆえに、元寇も退きましたし、明治維新でも欧米の植民地にならず、そして、二次大戦後も、戦争に負けたにも関わらず、国境は守られました。(北方四島は別ですが。)
しかし、精神的にはアメリカに主導された政策で、「自閉的植民地化」され、日本人の精神性は、ずいぶんと骨抜きにされてしまいました。
戦後制定された、憲法9条を英語で読んでみると、非常に違和感があるのは、そこに、あまりの理想的な文面が見られるからです。こういう英文が、国の根幹に位置している国は、日本だけでしょう。
これを読むと、自衛隊の存在は絶対に認められないのですが、厳然と自衛隊という国軍が存在していることは、明らかな憲法違反となります。 特に、the Japanese people(日本人全員)forever renounce war as a sovereign right of the nation というところが、ありえないという感じですね.だいたい、sovereign right of the nation などというものを、勝手に否定できないのです。つまり、SOVEREIGN RIGHTというのは、人間が手のつけられないような高尚な権利ですから、人間側で、自己否定するというのには、違和感があります。
ちなみに、イスラエルも Israel Defence Force ですから、イスラエルの自衛隊なのですね。でも、彼らは、自国の存続が脅かされるときには、外国の原子炉を爆破したりしているわけです。
私は、日本が、戦後60年以上戦争をせずに済み、理想的憲法9条があることは、すばらしいと思っていますが、改めてこの文面を読んでみると、本当に現実には即してないと思うわけです。しかし、日本が、二次大戦の戦後の混乱の中、このような憲法を持つようにされたのは、神の摂理なのでしょう。
二発の原爆という、最終戦争の預言的風景を体験し目撃した日本人のDNAには、核兵器の恐ろしさが理解できるようになっています。そして、戦争をrenounceするという宣言を組み込んだ、平和憲法を持ち、そして、天皇制という、世界にも類を見ない長寿の一系統を持つ王室を持つ国家。日本は、この点において、中国のように群雄割拠によって成立した国とは違う側面を持っています。
先にも言いましたが、日本が天然の名城であり、勤勉な国民性を持ち、最新の科学技術にも対応できる教育を受けているという点で、世界に貢献しているのも事実なのです。日本の生産技術や開発力によって、今の世界の物質文明はずいぶんと支えられているのです。一説によると、世界の最新軍事兵器も、日本のプリント基板技術がないと動かないらしい・・・。
ということで、日本人は、本当に神に立ち返り、天賦の自然と人と技術を神にお返ししなければならないのです。それが、本当の日本という国家の国体の意味するところなのです。悪魔は、その辺を良く知っていますから、常に、あらぬ方向へ導こうとしているのですね。
日本の政治家も、ここまで気がついて、もっと高い理念で国家経営をしてもらいたいものです。ある人は地方分権などと声高に叫んでいますが、大事なのはもっと他の部分にあるのです。
それは、日本人が日本をもっと知って、すべてが神の摂理の中で生かされていることを知り、すべての人が神に立ち返るように動くことです。その入り口が、神の御子イエス・キリストであり、彼の十字架と復活が、この国家回生の鍵なのです。
これを、論理の飛躍と考える無かれ。 イエスキリストの真実さは、あなたを救い、そしてあなたの家族を救うのです。そして、この社会が、可能な限り、キリストの前に謙るならば・・・日本にも希望があります。
一方、世界的陰謀でこの世が動かされていると考えることも、分析的にはできますが、最も大きな力は、今も神が握っています。だから、私は、陰謀論の数々には、うなづくものの、それが最終的権威を持つとは考えていません。確かに、様々な悪がこの世界にあるのは事実です。しかし、どんな悪も、全能の唯一の神の前には、ひれ伏すのです。
そこで、日本を考えてみましょう。
日本は、たまたま、海という天然の外堀に囲まれた、名城なのです。ゆえに、元寇も退きましたし、明治維新でも欧米の植民地にならず、そして、二次大戦後も、戦争に負けたにも関わらず、国境は守られました。(北方四島は別ですが。)
しかし、精神的にはアメリカに主導された政策で、「自閉的植民地化」され、日本人の精神性は、ずいぶんと骨抜きにされてしまいました。
戦後制定された、憲法9条を英語で読んでみると、非常に違和感があるのは、そこに、あまりの理想的な文面が見られるからです。こういう英文が、国の根幹に位置している国は、日本だけでしょう。
Article 9.
Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order,
the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and
the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land,
sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained.
The right of belligerency of the state will not be recognized.
これを読むと、自衛隊の存在は絶対に認められないのですが、厳然と自衛隊という国軍が存在していることは、明らかな憲法違反となります。 特に、the Japanese people(日本人全員)forever renounce war as a sovereign right of the nation というところが、ありえないという感じですね.だいたい、sovereign right of the nation などというものを、勝手に否定できないのです。つまり、SOVEREIGN RIGHTというのは、人間が手のつけられないような高尚な権利ですから、人間側で、自己否定するというのには、違和感があります。
ちなみに、イスラエルも Israel Defence Force ですから、イスラエルの自衛隊なのですね。でも、彼らは、自国の存続が脅かされるときには、外国の原子炉を爆破したりしているわけです。
私は、日本が、戦後60年以上戦争をせずに済み、理想的憲法9条があることは、すばらしいと思っていますが、改めてこの文面を読んでみると、本当に現実には即してないと思うわけです。しかし、日本が、二次大戦の戦後の混乱の中、このような憲法を持つようにされたのは、神の摂理なのでしょう。
二発の原爆という、最終戦争の預言的風景を体験し目撃した日本人のDNAには、核兵器の恐ろしさが理解できるようになっています。そして、戦争をrenounceするという宣言を組み込んだ、平和憲法を持ち、そして、天皇制という、世界にも類を見ない長寿の一系統を持つ王室を持つ国家。日本は、この点において、中国のように群雄割拠によって成立した国とは違う側面を持っています。
先にも言いましたが、日本が天然の名城であり、勤勉な国民性を持ち、最新の科学技術にも対応できる教育を受けているという点で、世界に貢献しているのも事実なのです。日本の生産技術や開発力によって、今の世界の物質文明はずいぶんと支えられているのです。一説によると、世界の最新軍事兵器も、日本のプリント基板技術がないと動かないらしい・・・。
ということで、日本人は、本当に神に立ち返り、天賦の自然と人と技術を神にお返ししなければならないのです。それが、本当の日本という国家の国体の意味するところなのです。悪魔は、その辺を良く知っていますから、常に、あらぬ方向へ導こうとしているのですね。
日本の政治家も、ここまで気がついて、もっと高い理念で国家経営をしてもらいたいものです。ある人は地方分権などと声高に叫んでいますが、大事なのはもっと他の部分にあるのです。
それは、日本人が日本をもっと知って、すべてが神の摂理の中で生かされていることを知り、すべての人が神に立ち返るように動くことです。その入り口が、神の御子イエス・キリストであり、彼の十字架と復活が、この国家回生の鍵なのです。
これを、論理の飛躍と考える無かれ。 イエスキリストの真実さは、あなたを救い、そしてあなたの家族を救うのです。そして、この社会が、可能な限り、キリストの前に謙るならば・・・日本にも希望があります。
Friday, June 26, 2009
夕焼けと三日月
真夏日が続いていますね。こちらは、まだ妻の出産臨戦態勢で、陣痛を待っております。
我が家の回りも、畑がだんだん住宅地に変わりつつあります。ある意味、人口が増加しているのですね。近くのアスファルト舗装の駐車場などに行きますと、昼間の熱を含んだ暖かい空気があるのがわかります。このように、だんだんとヒートアイランド化するのが分かります。一方、畑の上には涼しい空気が流れています。
お腹の胎児は、肺が完成すると、その信号物質を胎内に放出するそうですね。そうすると、陣痛がはじまるのだとか。いやあ、不思議というか、完全なシステムですね。これこそ、神の創造であります。
もし、進化でこのようなシステムが出来たとするなら、それ以前の、不完全なシステムでは、陣痛が始まらないわけで、そうなると、子供の’出産が出来ないわけです。ですから、どんな動物も植物も、はじめからこのように完全なシステムを伴って「創造」されたことがわかります。
進化論の、見せかけのロジックにだまされてはいけません。神がこの世界を、生きるものを創造されたのです。
この天体の運行が規則正しいことも、神の秩序の現れです。私たちは、夕焼けを見ると明日が晴れだと言います。なぜか?それは、地球の自転に伴う偏西風があるからです。ジェット気流も、同じ方向に吹いています。だから、もし、夕焼けを見て晴れというなら、それは、宇宙規模のシステムの秩序に基づいて分析しているのです。月はいつも満ち欠け、太陽は東から昇ります。
このように、すべての環境は神の秩序、つまり法の下にあります。そして、人間の営みも一定の法則と秩序の元にあるときに、すべてがうまく行くのです。
この秩序をはじめから、正確に説明しているのが聖書です。ゆえに、聖書は、科学の書であり、法律の書であり、文学であり、歴史なのです。
聖書をお読みください。そして・・・・宇宙規模の創造の神による秩序について学ぶのです。
残念ながら、日本の教育制度の中に、聖書学はありません。だから、ぜひとも、聖書を買ってお読みください。そうすれば、あなたには、あらゆる問題への解答が与えられるでしょう。
陣痛を待ち、今日の夕方、夕焼けを見て、三日月を見て、妻と散歩しながらこんなことを考えていました。
それでは!
我が家の回りも、畑がだんだん住宅地に変わりつつあります。ある意味、人口が増加しているのですね。近くのアスファルト舗装の駐車場などに行きますと、昼間の熱を含んだ暖かい空気があるのがわかります。このように、だんだんとヒートアイランド化するのが分かります。一方、畑の上には涼しい空気が流れています。
お腹の胎児は、肺が完成すると、その信号物質を胎内に放出するそうですね。そうすると、陣痛がはじまるのだとか。いやあ、不思議というか、完全なシステムですね。これこそ、神の創造であります。
もし、進化でこのようなシステムが出来たとするなら、それ以前の、不完全なシステムでは、陣痛が始まらないわけで、そうなると、子供の’出産が出来ないわけです。ですから、どんな動物も植物も、はじめからこのように完全なシステムを伴って「創造」されたことがわかります。
進化論の、見せかけのロジックにだまされてはいけません。神がこの世界を、生きるものを創造されたのです。
この天体の運行が規則正しいことも、神の秩序の現れです。私たちは、夕焼けを見ると明日が晴れだと言います。なぜか?それは、地球の自転に伴う偏西風があるからです。ジェット気流も、同じ方向に吹いています。だから、もし、夕焼けを見て晴れというなら、それは、宇宙規模のシステムの秩序に基づいて分析しているのです。月はいつも満ち欠け、太陽は東から昇ります。
このように、すべての環境は神の秩序、つまり法の下にあります。そして、人間の営みも一定の法則と秩序の元にあるときに、すべてがうまく行くのです。
この秩序をはじめから、正確に説明しているのが聖書です。ゆえに、聖書は、科学の書であり、法律の書であり、文学であり、歴史なのです。
聖書をお読みください。そして・・・・宇宙規模の創造の神による秩序について学ぶのです。
残念ながら、日本の教育制度の中に、聖書学はありません。だから、ぜひとも、聖書を買ってお読みください。そうすれば、あなたには、あらゆる問題への解答が与えられるでしょう。
陣痛を待ち、今日の夕方、夕焼けを見て、三日月を見て、妻と散歩しながらこんなことを考えていました。
それでは!
Thursday, June 25, 2009
まだまだ、もうすぐ、ムシムシ
6月の日本はムシムシしております。今日は典型的な湿度の高い一日です。
妻は、予定日を過ぎており、階段を一生懸命上り下りしております。お腹の張りがあるので、もうすぐでしょう。陣痛が始まれば、いよいよです。
周りから、応援の電話、メールをたくさん、頂いております。感謝いたします。
母子共にがんばりますので、ヨロシク!!
妻は、予定日を過ぎており、階段を一生懸命上り下りしております。お腹の張りがあるので、もうすぐでしょう。陣痛が始まれば、いよいよです。
周りから、応援の電話、メールをたくさん、頂いております。感謝いたします。
母子共にがんばりますので、ヨロシク!!
Wednesday, June 24, 2009
アラフォーとアラフィフ
アラフォーがaround forty ということは、今日初めて知りました。ちょうど、私の妻がアラフォーでした。
で、わたしはアラフィフだろうか。つまり、around fifty。
おもしろいことに、水曜日のFRJでは、このアラフィフ世代が大活躍しております。ドラムのK兄も、ボーカルのK姉も・・・
昭和34年生まれは、結構酸いも甘いも知っている世代です。高度成長期に育ち、バブル前に社会人になり、バブルを経た、平成大不況も知っております。これからは、この世代が、時代を担うのですね。
郷ひろみも50歳? 同世代です。
ということで、アラフィフの雑談でした。
で、わたしはアラフィフだろうか。つまり、around fifty。
おもしろいことに、水曜日のFRJでは、このアラフィフ世代が大活躍しております。ドラムのK兄も、ボーカルのK姉も・・・
昭和34年生まれは、結構酸いも甘いも知っている世代です。高度成長期に育ち、バブル前に社会人になり、バブルを経た、平成大不況も知っております。これからは、この世代が、時代を担うのですね。
郷ひろみも50歳? 同世代です。
ということで、アラフィフの雑談でした。
Tuesday, June 23, 2009
散歩から思うこと 散歩随想
臨月の妻と共に散歩を良くするようになりました。出産直前の妊婦は、とにかく「歩け、歩け」なのです。階段の上り下りも良いということです。
妻子的产期临近,最近我常和她出去散步。这个时期的孕妇,人们总是告诉她们说要多走路,并且说是上下楼梯会更好。
家の近所はまったくの平坦な土地なので、階段歩行はできないのですが、30分から1時間近く歩きます。もちろん、私も手を繋いで歩きます。
因为家附近都是平地,没有楼梯可爬。我们只是散步三十分钟到一个小时左右。当然,散步时我牵着妻子的手。
これから生まれてくる子供のことを思いながら、そして、育児で大忙しになることは、間違いないのですが、将来に思いを馳せています。
一边散步一边想着即将要出生的孩子,出生后要照顾她一定很忙,但对她的未来充满着憧憬。
この何気ない、普通の風景が、奇跡であり幸せであるということは、私は長い間知りませんでした。常に、「向上心」の故に、将来を考えるのみでしたが、実は、今という現実の中に、奇跡と幸せがあるのです。
这些不形于色的普通风景是一种奇迹、是一种幸福,我花了很长时间才明白这个道理。以前,我常常只是因为追求上进,考虑的都是将来的事情。但其实,在此时此刻的现实中,充满了奇迹和幸福。
「向上心」は時として、「欲望」の代替の言葉となっています。
所以,有时“上进心”这个词会成为“欲望”的代名词。
今このときに平安があるなら、それは、神の恵みと奇跡なのです!
现在此时此刻有平安,是神的恩典和奇迹。
人生の修羅場を幾つか経験して分かったことは、この平凡なる日常の風景に、神の奇跡的な介入を見出すことができるということです。
经历过人生的几场风雨之后,你就会发现在平凡的日常风景里,有神奇迹般的介入。
人間は、現状の不満を多く持っています。
有很多人都不满足于现状。
「もっとお金があれば・・・」「もっとよい家に住んでいれば・・・」「もっと学歴があれば・・・」「もっと良い夫(妻)がいれば・・・」
“如果有更多的钱・・・”“如果能住更好的房子・・・”“如果有更高的学历・・・”“如果有更好的丈夫(或妻子)・・・
このような心の時には、神の平安はありません。しかし、現実は、神は、私たちを、あらゆる恵みで包んでいます。
当我们内心有这些想法的时候,就没有神的平安。但现实当中,我们周围都充满了神的恩典。
今、あなたの心臓が拍動しているのも、神の恵みのゆえです。この拍動する力は、神から直接来ているのです。私たちは、単に生物学的に生きているのではなく、神の恵みの下で、真の意味で「他力」によって生きているのです。
你的心脏此时在跳动,这也是因着神的恩典。因为这心跳的能力是直接从神而来的。我们不只是单单属于生物学般地活着,我们是在神的恩典之下活着,真正的意义是靠着“外力”活着。
ですから、私たちは、自分の頭で次のことを、理解しなければなりません。
所以我们的头脑里必须明白以下的事情。
この命が、神から出ており、神の中で生きていることを。
神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。 これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。 私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である。』と言ったとおりです。 (使徒17章)
我们的生命是出于神,并且活在神的里面。
神从一本造出万族的人,住在全地上,并且预先定准他们的年限和所住的疆界要叫他们寻求神,
或者可以揣摩而得,其实他离我们各人不远;
我们生活、动作、存留,都在乎他。就如你们作诗的,有人说:『我们也是他所生的。』
(使徒行传17章)
ここに、私たちの命の真実があるのです。
这里有我们生命的真实。
この命こそ、神の創造による奇跡なのです!
我们的生命乃是神所创造的奇迹!
ハレルヤ!(ヤーなる主をほめたたえよ!ヘブル語直訳)
哈里路亚(赞美耶和华神)
妻子的产期临近,最近我常和她出去散步。这个时期的孕妇,人们总是告诉她们说要多走路,并且说是上下楼梯会更好。
家の近所はまったくの平坦な土地なので、階段歩行はできないのですが、30分から1時間近く歩きます。もちろん、私も手を繋いで歩きます。
因为家附近都是平地,没有楼梯可爬。我们只是散步三十分钟到一个小时左右。当然,散步时我牵着妻子的手。
これから生まれてくる子供のことを思いながら、そして、育児で大忙しになることは、間違いないのですが、将来に思いを馳せています。
一边散步一边想着即将要出生的孩子,出生后要照顾她一定很忙,但对她的未来充满着憧憬。
この何気ない、普通の風景が、奇跡であり幸せであるということは、私は長い間知りませんでした。常に、「向上心」の故に、将来を考えるのみでしたが、実は、今という現実の中に、奇跡と幸せがあるのです。
这些不形于色的普通风景是一种奇迹、是一种幸福,我花了很长时间才明白这个道理。以前,我常常只是因为追求上进,考虑的都是将来的事情。但其实,在此时此刻的现实中,充满了奇迹和幸福。
「向上心」は時として、「欲望」の代替の言葉となっています。
所以,有时“上进心”这个词会成为“欲望”的代名词。
今このときに平安があるなら、それは、神の恵みと奇跡なのです!
现在此时此刻有平安,是神的恩典和奇迹。
人生の修羅場を幾つか経験して分かったことは、この平凡なる日常の風景に、神の奇跡的な介入を見出すことができるということです。
经历过人生的几场风雨之后,你就会发现在平凡的日常风景里,有神奇迹般的介入。
人間は、現状の不満を多く持っています。
有很多人都不满足于现状。
「もっとお金があれば・・・」「もっとよい家に住んでいれば・・・」「もっと学歴があれば・・・」「もっと良い夫(妻)がいれば・・・」
“如果有更多的钱・・・”“如果能住更好的房子・・・”“如果有更高的学历・・・”“如果有更好的丈夫(或妻子)・・・
このような心の時には、神の平安はありません。しかし、現実は、神は、私たちを、あらゆる恵みで包んでいます。
当我们内心有这些想法的时候,就没有神的平安。但现实当中,我们周围都充满了神的恩典。
今、あなたの心臓が拍動しているのも、神の恵みのゆえです。この拍動する力は、神から直接来ているのです。私たちは、単に生物学的に生きているのではなく、神の恵みの下で、真の意味で「他力」によって生きているのです。
你的心脏此时在跳动,这也是因着神的恩典。因为这心跳的能力是直接从神而来的。我们不只是单单属于生物学般地活着,我们是在神的恩典之下活着,真正的意义是靠着“外力”活着。
ですから、私たちは、自分の頭で次のことを、理解しなければなりません。
所以我们的头脑里必须明白以下的事情。
この命が、神から出ており、神の中で生きていることを。
神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。 これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。 私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である。』と言ったとおりです。 (使徒17章)
我们的生命是出于神,并且活在神的里面。
神从一本造出万族的人,住在全地上,并且预先定准他们的年限和所住的疆界要叫他们寻求神,
或者可以揣摩而得,其实他离我们各人不远;
我们生活、动作、存留,都在乎他。就如你们作诗的,有人说:『我们也是他所生的。』
(使徒行传17章)
ここに、私たちの命の真実があるのです。
这里有我们生命的真实。
この命こそ、神の創造による奇跡なのです!
我们的生命乃是神所创造的奇迹!
ハレルヤ!(ヤーなる主をほめたたえよ!ヘブル語直訳)
哈里路亚(赞美耶和华神)
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