Monday, October 12, 2009

THE 拭き掃除

家の掃除は拭き掃除に限る!雑巾さん、ありがとう!

昔の日本の家屋は、畳の部屋で、毎朝母親が、箒をかけ、雑巾で拭いていた(に違いない)。

今の住宅は、カーペットやフローリングであるのだが、やはり埃が部屋の隅や、コンセント、電気器具などに堆積する。昨晩は、夜遅く、とつぜん妻が掃除や片づけを始めたものだから、わたしもつられて少し雑巾がけなどをしました。そして、今日は子供のベッドを分解して収納しました。(あまり使っていなかったので)

私のよく読むIT系のコラムニストが、だいぶ前の記事に書いていたのだが、「掃除は、自分の机の上のまず小さな面積からはじめなければならないと。」つまり、年末の大掃除だけでは駄目なのだ。もし、机をいつも綺麗にしていたら、その周りのいすも綺麗になるし、そうすれば、その「綺麗な範囲」が広がる。そして、小掃除を常にして、中掃除をたまにするなら、もはや大掃除は必要なくなるのだ。

ということで、大変気が早いですが、年末の大掃除の時に楽をしたければ、まずアナタ、そうです、この拙文を読んでくださっているアナタの目の前の机を掃除するのです!ほら、あるでしょ、埃がたまっている場所が!(おせっかいですいません。)

前にも書きましたが、トイレの綺麗な家(アパート、マンション、会社、レストラン)は、繁盛します!

というのは、心の反映が、目の前の風景なのです。心が定まっている人は、綺麗な空間に生きているのです。

どうぞ、ご自愛ください。

連休中の雑感から

連休中の北関東はおだやかな天候であった。すこし秋めいた、というか完全に秋の風が吹いてきている。この世界を見渡すと、いまだに紛争が絶えることがなく、あらゆる危機が連続している。先のパキスタン軍の出来事などを見ると、核兵器の管理に大きな危惧を持つのは私だけではあるまい。

核兵器が開発されてもう半世紀以上も経つ。日本は唯一の被爆国としての「体験を語れる」国である。つまり、日本は究極の戦争の恐ろしさを体験した国家であり、それは戦後生まれの私のDNAにも刻み付けられていると感じている。

アメリカのオバマ大統領が「核兵器の削減」などを謳っているようだが、現実は、もう取り返しの付かないところまで世界は来てしまっている。ノーベル平和賞が、いくらあってもこの世界は平和にはならない。だいたい、平和でないからこんな賞が存在しているのである。それは、個人の平和も同じである。

つまり、世界は、そして私たちは、平和の希求という点では、もうすでに限界点を突破してしまっているのだ。だから、本物の平和は、小手先の、人間的なものでは決してやってこない。もちろん、あらゆる宗教を極めても、人格を極めてもそれは無理なのだ。

口では平和を教える人格者も、本当に平和を生きているのかは疑問である。それは、自分の心理を見てみればよく分かることである。だれもが、どこかしら偽善的な生き方をしているのだから!(例外なし!)

ゆえに、私たちは、平和を人間社会というシステムに求めるのではなく、神ご自身に求めるのだ。

だから、まず、神を定義しなければならない。それは、巷にあふれている霊能者のことでもなければ、人類の英知である科学でもなければ、さまざまな宗教的修行によるものでもない。また、光とか、エネルギーといった抽象概念でもないし、夢や幻などの心理的現象でもない。

では何なのだ??

これを、求め始めることが、真の神にいたる道である。

今日は、ここで筆を止めることにしよう。

2009年の秋、危機が深まる世界で、あなたは、本当の神を知っているでしょうか?また、知られているでしょうか?本当の平和を持ち、愛を知り、自分の失敗を受け入れ、周りの人を赦すことができているでしょうか??